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2011年11月06日

護守一十シリーズ
 小説「護守一十達」 其の二十 「憧れ」




其の二十 「憧れ」
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美夜子が老婆達と戦っていた頃、昌人は祖父昌臣に教えをうけている最中だった。
代々護守一十としての役目を担ってきた一族の一人としていずれは昌人も成身を経て一人の護守一十としての役を負わねばならない。
その為には様々なことを覚えなくてはならなかった。
その一つとして十分な体術を会得することは護守一十として非常に重要なことである。
得手不得手はあるものの、護守一十と呼ばれる者たちは少なからず何らかの体術を身につけている。
それは護守一十としての最低限の条件といってもよかった。

昌人も物心つく幼い頃より祖父昌臣から体術を仕込まれてきた。
十歳の頃にはその辺のフルコン空手の有段者とほぼ対等に渡り合える程の技を身につけていたのは、その修練の賜物といえる。

「よいか、昌人。
 武において相手の攻撃を素手で受け止めるというのは一番最悪の防御に他ならん。
 受け止めるには相手の攻撃と同等以上の力を込めねばならぬ。
 当然身体に余計な力が入り、その間自由には動けぬ。
 加えて、受け止めた分確実に身体にダメージが残る。
 早い話がよいことはあまり無いのじゃ。

 武においての防御の基本は第一に相手に攻撃をさせぬこと。
 これに尽きる。

 とはいえ、その為には闘う前からそういう状況をつくらぬことが必要じゃからまだ若いお前には難しいかもしれんがな。

 第二、どうしても闘わねばならぬ時は相手の攻撃を躱すことじゃ。
 当たり前じゃがどんなに強力な攻撃も当たらねば無いも同然じゃからな。
 しかしだからと言って相手から遠く離れていてはこちらの攻撃も当てられぬ。
 そこで第三じゃ。

 第三は相手の攻撃を受け流す。
 よいか、受け止めるのではなく、受け流すのじゃ。」

そういうと昌臣は昌人に自由に攻めさせ、実際に受け流してみせる。
理屈は非常にシンプルで簡単だった。
相手の攻撃に対して横、または斜めから力を加えることで逸らす。
ただそれだけである。

しかしそのタイミングと逸らし方次第で相手は大きく体勢を崩すことがある。
その瞬間に急所へ必殺の一撃を入れる。

「どうじゃ、分かったか?
 昌人?」

正直、昌人はまだ狐につままれたような気分だった。
今までも昌臣と組み手をして何度も経験してはいたものの、こうして明確にそれを示されるとまるで魔法にかかった様に感じてならない。
自分の意志で攻撃しているのに、いつのまにか自分だけがなにかに操られているかの様なそんな感覚におちいってしまう。
故・塩田剛三氏に投げ飛ばれた人たちも今の自分と同じように何がどうなったのか全く理解できなかったのだろうか。
YouTubeなどでその神業を見るたびに不思議な気持ちになった。

「さて、昌人防御の基本は今見せたとおりじゃ。
 今までの修練で受け流す防御自体はできていよう。
 故に今日からは次の組み立てを考えてどう受け流すかを考えながらやってみよ。
 よいな?
 そしてもう一つ今日は教えることがある。」

そういって昌臣が昌人に教えたのは攻防一致である。
一般に攻防一致というと、片手で防御し、同時にもう片手で攻撃するという空手で言うところの交差法である。
それ自体は幼い頃から鍛えられてきた昌人にとって至極当たり前のことであったが、昌臣のそれはそれとはまた異なるものだった。

「昌人、分かっておるかもしれぬが今から教える技は決して並人には使ってはならぬぞ。」

厳しい顔をして昌人の目を見ながら言う昌臣の表情には冗談の気配が無い。

「今まで教えた防御は、使い方次第で手加減も自由じゃ。
 しかし今から教える防御はそうはいかん。
 その防御の効果が同時に攻撃の威力ともなる、攻防一致ではなく攻防同体の技じゃ。」

それは、防御の際打撃を用いるものである。
簡単なイメージとしては相手がストレートを打ち込んできた時に、その「腕」に鍛えた拳で「フック」を打ち込んで破壊し弾き飛ばすというものだ。
もっとも昌臣が教える技の中で正拳など拳を用いる技はあるものの、さほど多用することは無い。
昌臣によると拳を握るということはすなわち、余計な力を入れることになり無駄が多いからだという。
とはえ全く使わないわけではない。
ここぞという時に備えて十二分に拳も鍛えてある。
代わりに重視しているのは掌底など拳を握らずに行う技である。
掌底、手刀、そして手首の外側などを多用する。
その際無駄な力は一切入れない。
共通しているのは当てる瞬間に手首のスナップを効かせるということだ。
他にも体幹の回転を利用したりいろいろな注意点があるがプロボクサーのジャブをこの受け一つで弾き返して腕を破壊した話題は
住み込み弟子の二人から何度も聞かされている。

この技を見て昌人はその昔見た映画「ベスト・キッド」のペンキ塗りの修行を思い出した。
多少手首の角度などは違うがかなり近い。

またこの方法は片手で連撃を放つにも役立つ。
例えば相手の攻撃を手首の外を鞭のように打ち付けることで逸らしながらダメージを与え、それによって生じて隙を狙って
掌打を打ち込む。

この掌打も手首のスナップを効かせて工夫することで腕しか動かせない様な間合いでも十分な威力を放つことが出来る。
組み付かれてパンチを放つ間合いが無くなっても慌てる必要は無い。
極端な話、指を伸ばした程度の間合いでも習熟した者であればこの技で相手の頭を打つだけでも十分相手を倒せる。
仕留めるのであればスイカを割るようにすることも出来る。
それが武術である。

手首を活かす為に流れるように止まることなく動き続けるさまはまるで踊りの様である。
よく武と舞をひっかけて話題にすることがあるが、古来からその二つの間には相通じる点が多いというのは
事実らしい。

内側と外側に横にミットを固定させその間で腕を往復させる。
当てる瞬間にスナップを効かせる。
フルコン空手の外受けなどとは違い、動作を止めることは無い。
当てては返して反対側のミットへスナップを効かせてまた打つ。
これを上下方向、左右方向など様々な形でひたすら繰り返す。
それだけで確実に早い動きになる。

最初は肩幅ほどで行うがそれで十分な速さと威力が出せるようになったら今度はだんだんと幅を狭め、威力を保てるように修練する。
最終的には手首を中心とした円の動きだけで十分な威力を持つ攻防同体の技となる。
また中国武術で言う聴勁と組み合わせることで相手を封じつつ制することへも通じる。
もちろん他にも様々な技法や組み合わせがあるのでこれだけが全てでは無いが、今まで攻撃と防御を分けて考えていた昌人にとっては新しい発見であった。

「昌人よ、大人数を相手にする場合より少ない手数で相手を倒すことが肝要じゃ。
 相手に囲まれないなど大事なことはあるが、逆に相手を常に自分の手の届くところにおくことによって、地の利を常に得つつ、一度に相手にする数をコントロールし
 相手を盾にしながら確実に仕留める。
 これが出来るようになればたとえ相手が十人、二十人いようと怖がる必要はない。
 その為にもしっかりと身につけておくんじゃ、よいな。」

そう言いながら、瞬時に半分ほど水が入った蓋のしまっていないペットボトルを破壊する昌臣。
いつか自分も昌臣の様になりたい。
昌人は幼い頃と同じ憧れの目で祖父を見つめていた。








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posted by たいじゅ@音森の館 at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 護守一十シリーズ 小説「護守一十達」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月07日

ちょっと寄り道

護守一十20話を執筆しているんだけど、どうもうまく話を運べない。
というか新キャラと美夜子の攻防を上手く描けない。
基本的な技としては既にいろんな漫画や小説とかでも出尽くしているものばかりなので、新しい使い方を考えるか、またはもっと深い表現うぃするか。。。。


う〜〜〜ん、難しい。



というわけでちょっと現実逃避。


古本屋にいって、いろいろと買いあさってきた。
でも古本屋にいくと、やっぱりかつて自分が好きだったマンガをまた買ってしまう。。。。

護守一十自体モロ影響をうけている風使い。
これって4大精霊というありきたりの設定ながら「付き人」というパートナーの設定が秀逸で、恋人だったり夫婦だったり、いろいろな関係があって面白い。
これに似たので好きなのは永野護先生の FiveStarStory。
先生は自分の作品がアニメ映画化された際、そのヒロインをやった声優さんと結婚してしまったという。。ある意味自分の作品に出て来るファティマを娶った?(笑)

武術、という線で行くと好きなのは修羅の門が一番なんだけど、BAKI系も大好き。
最近は愛気という漫画がお気に入り♪



こんな感じで現実逃避しつつ、ちょこちょこ書きなぐってきたのをまとめててふと思った。
うん、護守一十達とは違う護守一十シーリズも書いてみよう。


護守一十 正伝
「御門大乱記 (仮)」


数百年前、前御門が世の全てを己が手中にせんとし、当時の護守一十を二分した戦いが起きた。
そして、現御門が前御門を封印し続ける為に己に術をかけてその身を護符と化し永久に変わらぬ姿のままで生き続けねばならなくなったきっかけの物語。

まだ、最強の護守一十 昌邦がこの世に生を受けるはるか前の物語。


小説「護守一十達」の起源となる物語。





さて、アイディアを練ろうっと♪


posted by たいじゅ@音森の館 at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 制作日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月23日

護守一十シリーズ
 小説「護守一十達」 其の十九 「老婆」




其の十九
「 老婆 」

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邪鬼
人々の様々な念が寄り集まり形を成したもの。
その多くは人の目に映らず、しかし時に人を鬼人と化し凶行に及ばせる事もある。

これらを人知れず討ち、人々を守り続けて来た術者達。
各地で個別に活動していた彼らはやがて力を合わせる様になり、護り人と呼ばれた。
それはいつしか北方の守り人と区別すべく護守一十と称される様になり、「御門」と呼ばれる者を頂点として
組織化され大きな力を持つ様になった。
時にその存在は国の政そのものを担うこともあったが、やがて表の歴史から姿を消し、政ではなくその後ろに立つ様になった。

彼らの頂点に立つ御門は最も大きな力を持つ者であり、政府要人でも一部の者しかその存在を知らされていない。
時に、その力を悪用せんとする輩が出て来る事もあった。

そして歴代の中でも強い力を持つ御門の一人がその邪なる妄執にとりつかれ、護守一十の力を悪用し国を己が掌中にせんとした。
護守一十の掟を破る事はたとえ護守一十の頂点たる御門であっても許されることではない。
やがて当時の護守一十達が力をあわせこれを封じた。

その時、御門の後継の一人として修行を積み当時の御門を封じる大きな役割を果たしたのが現御門である。

封印された前御門は時が立ち結界が弱まったのを利用して一度復活を試みた。
それは数百年の時が経ち、前御門を封じる為の護符自体が力を失い始めたのが原因であった。
それ以降護守一十達は各自の受け持ちの結界を保ち、その源たる護符の点検もその役目の一つとなっている。
巡り人は諸国を巡業する中でそれらの行為が正常になされているかの確認、および護符に力を充填する役目も担っている。

復活しようとした前御門を封じる為に現御門と共に闘った護守一十の一人が、現代に至るまで歴代の護守一十の中でも最強とうたわれた昌邦。
昌臣の祖父であり、昌人の曾祖父であった。


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posted by たいじゅ@音森の館 at 01:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 護守一十シリーズ 小説「護守一十達」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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